詐欺師は善人であるべきことについて

派遣先の会社の取締役が、推薦図書として


水は答えを知っている


を取り上げていた。
綺麗な言葉を水にかけると、美しい結晶ができるという主張の本だ。
著者のオカルト思想に正当性を与えるためにお手軽道徳で飾り付けて、エセ科学で味付けをした
よくあるタイプの駄本である。


このような本にだまされる人が多いことには驚かされるばかりである。
社員数万人を抱える組織の長さえもがだまされる。


だが私は知っている。
頭のよい人間でも、だますのは難しくないのだ。
なぜなら人間はだまされるようにできているからだ。


それは人間が死ぬようにできているのと同じことだ。
身体が丈夫で、運動神経が抜群な人が
「俺は身体が丈夫だから死なないよ」
と言ったら笑うだろう。
それならば「私は頭が良いから、だまされません」というセリフも笑うべき言葉だ。


人間はだまされるようにできている。
しかるべき手順をふめば、どんなに頭の良い人でもだますことは可能だ。
だますのに必要なのは巧妙で緻密なウソではない。
そんなものは要らない。技巧も説得力も不要だ。
水は答えを知っているの荒唐無稽さが良い証拠である。


あんな一秒も考えないで作ったような与太話で充分なのだ。
だます側がすべきことは、だまし方を見つけることではない。
だまされたがっている人を見つけることなのだ。
それだけ。
本当に、ただそれだけのことが、「成すべき全て」だ。


人は自分に都合の良い話を積極的に信じたがる傾向を持つ。
これは万人が必ず持つ性質なので、「私は常に客観的に物事を判断しています」という人がいたら
「うぬぼれるな、このトンマ」と罵ってさしあげるといいだろう。


そして問題や苦悩に直面した人間は、与えられた問題解決法に簡単に飛び乗る。
驚異的なまでに、「簡単」にだ。
赤子の手をひねるがごとく、
棚からぼた餅のように、
濡れ手に粟がついて、
だましている側が信じられないと思うほど、妄信する。
そこでだましている側は、他人はバカで、自分は頭が良いから、自分の詐欺が成功するのだと勘違いをする。
読者の中に詐欺師の方がいれば、そのような思い上がりをしないことをお勧めしたい。


時おり、人をだまして自分の頭の良さに酔うタイプの人間がいるが、彼らは知るべきである。
だまされる側が、だまされてくださるからこそ、自分の詐欺は成功するのである。
そこに本人の能力は、ほとんど必要ではない。
礼節と謙虚な心と他人を尊敬する気持ちは詐欺師にこそ必要なものである。
他人様がだまされたいと思うような人間になれば、何もしなくても彼らはだまされてくれるのだから。


今回の件に関して言えば、道徳問題の解決を望む人が多かったことが、あの駄本の成功を助けたと思われる。
今の日本は正義に飢えているので、正義で人をだますのが簡単だ。
もしあなたが日本をどん底に叩き落とし、阿鼻叫喚のコーラスを楽しみながら、死屍累々の山をハイキングする稀代の大詐欺師になりたければ、聖人君子のごとき善人になるのが一番の近道である。



それはさておき、素晴らしい本を紹介されて大いに感銘を受けた今日の私は、早速それを見習って


「♪シャット ユ ファキンフェイ アンクル ファッカー♪


ユアコクサッキ アスリッキン アンクル ファッカー♪」


(意訳:黙れ 玉なめ アンクルファッカー♪ しゃぶって アナル舐めてろ アンクルファッカー♪)


というサウスパークの歌を歌いながら、美しいシリコンの結晶作りにいそしんだのでした。