小人虫

私は死後の世界を信じてはいないし、人間の死は永遠の闇であり、スピリチュアルも前世も妄想であると断言できるし、呪いや怨霊は思い込みの産物であり、この世に化け物はいない。
しかし私は、幽霊や怪異や妖怪という「現象」が存在することならば知っている。
私はただ、その現象に取ってつけたような安易な理由をつけないだけのことである。


原因が分からないのならば、怪異はただ怪異として存在していればよいのだ。
これは私の知人が留置場にいた頃、そこで知り合った人物から聞いた話である。


彼の祖母が老衰でなくなったのは、夏も終わりに近づいた日のことであった。
折からの猛暑が老いた祖母から体力をじわじわと奪い取り、ゆっくりと老体を死に至らしめたのである。
ある朝に祖母は動かなくなり、その翌日には死に装束に包まれて通夜の席に安置された。


数少ない身内だけが集まり式は簡素に行われ、夜には彼と彼の弟と祖母だったものだけが残された。
そして明日には火葬場へと運ばれる祖母に最後の挨拶をするため、彼らは祖母の安置された部屋に入った。


障子を開けると同時に差し込んだ光はちょうど、白い布で覆われた祖母の顔の上にかかった。
その時、彼は違和感を感じた。
何か変なのである。
同様の違和感を弟も感じているらしく、彼らはその部屋に入れなかった。


目で見た情報を、頭で理解するには少しの時間が必要だった。
そして、ゆっくりと違和感の正体を認識する。
動いていたのである。
祖母の顔を覆う白い布が上下に波打ち、モソモソと揺れていたのだ。
彼らはしばらくそのうごめく布を黙って見ていることしかできなかった。


「……ばあちゃん?」
彼がようやく絞り出した言葉で答えるはずのない祖母に声をかけると、布の動きが止まった。
そして次の瞬間、祖母の口もとの布がめくりあがると、その口の中から次々と


小人が
無数の小人たちが
わらわらと這い出してきたのである。


彼は衝動的にふすまを閉めると、外に飛び出していた。すぐ隣には顔面蒼白の弟もいた。
二人は無言でうなづきあうと、そのままコンビニや公園をあてもなくブラブラし、しばらくして緊張しながら家に戻った。


祖母のいる部屋の中をうかがうと、そこは何事もなかったかのように静まり返っていた。
ただ祖母の顔にあったはずの白い布が、部屋の隅に丸まって置かれていたことだけが彼らを嫌な気持ちにさせた。


一ヵ月も経過した頃、彼らはその日に見たものを錯覚だと思うようになっていた。
だが、翌年のことである。
彼らは大型犬を飼っていたのだが、その犬が何でも口に入れるという奇行を突然始めた挙げ句、死亡してしまった。
そしてその日のうちに、彼は弟の知り合いがいるペット専門の火葬場へとその犬を運んだのであった。


彼らは手続きを済ませて、飼い犬を炉に入れてもらい、
犬が灰になるのを待っていた。その時、炉のある部屋から
「うわぁあああああ」
という叫び声が聞こえてきた。
彼らが何事かとかけつけると、弟の知り合いが炉を指差して
「犬の口から変な虫が出てきた」
と言ったのである。


彼はそこで見たのだ。
丸い中窓から見えたのは、燃えている無数の虫たち。
紅蓮の中で飛び回る黒い影の群れ。
二本の触手で立ち、二本の触手を振り回し、丸い頭を持った虫たち。
踊るように回転しながら、互いにぶつかり合い、転げて、ひざまづき、閉め切った扉に群がろうとする虫たち。


その虫たちの一つ一つの形が崩れ、燃え尽き、消し炭になっても、彼らは炉を開ける気にはなれなかったという。