貨幣その3「その制御」(旧玄文講再録)

昨日も書いたように貨幣のコントロールとは、その流通量「マネーサプライ」を増減させることである。


ここでは「誰が(Who)」「どのようにして(How)」それを行うかを考えてみたい。


まずWhoであるが日本を含む多くの国では、これは政府からある程度独立した機関「中央銀行」が行う。
日本の場合、中央銀行は「日本銀行」である。アメリカなら「連邦準備」だ。
ちなみに日本の紙幣は彼らが作っているので日本銀行券という名前がついているのである。


ところで、もちろん政府も貨幣を発行する権利は持っている。100円や500円といったコインは政府の発行する政府貨幣であり、これらの発行量は年3,000億円しかなく、日本銀行券の量よりはるかに少ない。


過去には政府が高額貨幣を発行した例もある。
たとえば1986年の榊原英資 氏の立案による「天皇在位60周年記念10万円金貨」は有名な政府通貨である。
この通貨は当時のバブル景気の中、大人気で売れに売れた。
これは4万円分の金で作られており、その6割の粗利は国家に多額の収益をもたらした。
もっともその人気と収益性のために10万枚(100億円)もの大量の偽通貨が出回る事態にもなった。
(参考)日本のコインブームコインの散歩道


日本銀行券に価値があるのは人々が日本銀行を信用しているからであり、政府貨幣に価値があるのは人々が政府を信用しているからである。
もっとも日本銀行の信用度は、その背後にいる政府の信用度と等価なのでこの2つを区別する必要はほとんどないのかもしれない。


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次はHowについて考える。
マネーサプライは「国債」の売買により調整される。これを公開市場操作と呼ぶ。
ちなみに国債を発行しているのは政府である。


流通量を増やしたい場合は、中央銀行が政府や人々の持つ国債を買いあげ、日本銀行券(現金)で支払う。
そうすれば人々の持つ日本銀行券の量が増えるわけである。


数が多いものは価値がない。この国債の買い上げは数を増やし、紙幣の価値を下げてインフレをもたらすので、デフレ調整に用いられる。


逆に流通量を減らしたい場合は、中央銀行が持つ国債を人々に売り払う。そうすることで中央銀行は人々から現金を回収し、その流通量を減らすわけである。


これは紙幣の数を減らし、紙幣の価値を上げてデフレをもたらすので、インフレ調整に用いられる。


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ところで政府はどのようにして収入を得ているのだろうか?


1つは税金を国民から徴集することである。
1つは国債を売り、国民から借金をすることである。
ここまではサービスを売って収入を得たり、お金を借りたりと民間と似たような方法で金儲けをしている。


しかし政府には1つの裏技、紙幣を自分で印刷することで手持ちの資金を増やすというまねができる。
お金がなければ自分で作ってしまおうというわけである。これを「貨幣発行収入」という。


さきほど述べた10万円金貨もその一例と言えよう。
これぞまさに現代の錬金術。それなのになぜ政府は無限にお金を刷って、無限にお金持ちにならないのだろうか?


答えは簡単で、数が増えれば価値が減るからである。
もしそんなことをすれば貨幣の価値が暴落し、ハイパーインフレーションが起きてしまうのである。


第一次大戦後のドイツは莫大な賠償金の支払いを「貨幣発行収入」に頼り、独立戦争時のアメリカは戦費の調達を「貨幣発行収入」に頼ったせいで、大規模なインフレを経験し経済に混乱を招いた。


現在のアメリカは「貨幣発行収入」を総収入のわずか3%程度にとどめている。


ただし10万円金貨は記念通貨ゆえに人々はそれを保有し、貨幣の流通量を増やさずに済み、実質的には国債を売ったのと同じ効果をもたらしインフレを起こさないようになっていたのである。
しかもこの国債は利子を払う必要がなく、しかも6割の粗利があったのである。いやはや、スゴイものである。


もっとも今ではこの10万円金貨のやり方は成功しないだろう。このご時世、誰が10万円を出して4万円を買うものか、である。

天皇在位60年」記念10万円金貨は、額面よりも、金地金が大幅に少ないために、財産としての人気がなく、また、偽造10万円金貨事件など影響で、手放す人が増え、日銀への還流が続いている。

その金貨の還流を防ぐために、1997年の「長野五輪」1万円金貨からは、額面以上の金地金を用いた金貨を製造し、その販売は抽選で限定することとなった。

日本の貨幣


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面白いことに広い意味では、この「貨幣発行収入」はインフレを起こすことで「課税」と同じ行為を意味している。
それは「貨幣を保管していること」に対する課税とも言える。


簡単な例で考えよう。
この世には一人の役人と一人の金持ちしかいないとしよう。
この金持ちは金庫の中にそれは大事に一億円をしまっている。そしてこの一億円だけがこの世界に存在する富の全てであるとする。


ここで役人が自分でお金を一億円刷ったとしよう。生産量、つまり経済の中身が変わっていないのに貨幣の量が2倍になれば、単純に貨幣の価値は半分になる。インフレが起こるのである。


当然、金庫の中身の一億円の価値も半減する。
つまり役人は無から世界の富の半分を生み出し、金持ちは一円も失わずに世界の富の半分をなくしたのである。


こうしてお金を刷ることで貨幣の価値が下がり、役人は指一本さえも金庫のお金に触れることもなく、お金持ちの財産を半分没収することができるのである。
これが「貨幣の保管に対する課税」の意味である。


こう書くと、まるで役人が泥棒まがいのことをしているような印象を持つ人がいるかもしれない。
しかし、それは誤解である。


もう一つ例を考えてみよう。
今度はこの世には一人の役人と一人の金持ちの他に一人の貧乏人もいるとしよう。
貧乏人は一円の貯金も持っていない。


役人は国を維持するために税金を集めないといけない。
もし世界の富の半分(5千万円)が必要ならば、金持ちと貧乏人から2,500万円ずつ徴収することになる。
しかし金持ちはそれが払えても、貧乏人には払う金がない。


そこで役人が自分で1億円をすれば、政府は世界の富の半分を金持ちだけから徴収することができるようになる。
つまり貨幣の増刷、およびインフレは金持ちと貧乏人の不公平を解消する「富の再分配」の効果を持っているのである。
(もちろん激しいインフレは貨幣の信頼を貶めるので経済にとって危険なものでもある。
そして現在のデフレ不況の解消のためには政府がもっと政府通貨を発行すべきだという説もある。)


さて以降はこのインフレやデフレがどのようにして起こるかを、もう少し具体的に調べてみたいと思う。
(参考文献「マンキュー マクロ経済学」)


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おまけ
(興味がない人はここは読まなくて大丈夫です)


ここでマネーサプライの中身について考えてみよう。
今までの議論では「マネーサプライ」=「現金(日本銀行券)」としてきた。
しかしマネーサプライにはC、M1、M2、M3、Lという階層的な定義がある。その内容は以下の通りである。


C  = 現金


M1 = 現金 + 銀行預金


M2 = 現金 + 銀行預金 + 準通貨(定期預金)


銀行預金は紙幣ではないが、紙幣と同じくらい簡単に利用できるものである。マネーサプライが経済に与える影響について考える場合、このM1、M2の定義を用いることが多い。
C:M1:M2の比は1:4:11くらいあるので、どれを用いるかで分析内容は変化する。


詳細は説明しないが、「日本銀行」を見ればその内容が詳しく紹介されている。